L’amour est le miracle
de la civilisation.
――Rudy Route
side:Jack Lester
落ち着いた雰囲気の、いいカフェだ。
些細な違和感を挙げるとするなら、俺が今、ほとんど初対面の男女と同席している点だった。
「この島には手頃な値段で美味しいものだって、たくさんあるんだからね」
管理局長――ルディは、やけに意気込んで言った。
(助かると言えば助かるんだが……)
いったい何故こんなことになったのか。
気ままに流されてはみたものの、特殊な状況だ。
(共和国の誇りをいたずらに刺激したのはあるかもな)
彼らは自国の食事が世界中でどこよりも美味いと信じている節がある――という偏見を俺は持っている。
「全員で取り分ければ、いろんな種類を安く食べられるでしょ」
俺たちの意見をまるで聞かずにルディは料理を注文した。
「……何か問題?」
「あ、いや、助かる」
共和国の料理は名前だけで内容がわからないものも多い。
何も知らないまま適当に頼むより、現地の人間の知識にあやかりたいところだ。
「わたしもうれしいです。たくさん食べたいので……!」
無邪気というよりは気遣いを多分に感じる。
しかし、声が弾むのを隠し切れていない彼女の隣には、難しい顔をしたままのルディがいる。
驚くほど対照的な彼らの様子がなんともおかしかった。
(妙に落ち着いてるんだよな……)
成人前に局長を任ぜられた少年より。
俺にとっては、彼女のほうが特殊な存在に見えてしまう。
(このミラージュに子供がひとりで来てる、って状況がまず異様なんだよな)
都会へ出稼ぎに出るのとは、訳が違う。相当な資金なくしては来られない島だ。
(かといって……)
彼女がとびきりの富豪に見えるかと言えば答えは否。
(仮に俺なんかが想像もできないような、奇跡的な巡り合わせがあったんだとして。その幸運にはしゃぐかと言えばそうでもなく、場違いな場所に来てしまったと萎縮するわけでもなく……)
やけに落ち着いている。
俺の見立てでは、そういう――
(……ああ、いや)
これ以上の余計な勘繰りはやめよう。
彼女は事件の容疑者ってわけでもない。
(俺の抱える問題とも、何ら関わりはないはずだ)
内心、そう気を取り直しているとルディに質問された。
「君、共和国は初めて? その割には、言葉が流暢だけど」
「あー。ちょっとした縁があってな。言葉だけは学んだことがあるんだが……」
それはあまり追求されたくなかった。
別に話せない事情でもないんだが、聞く側が微妙な気分になるだろう。
「共和国どころか、そもそも国外に旅行するなんてのも初めてだ」
何気なく話の矛先を逸らしながら、俺は小さく笑った。
「この島の雰囲気自体は気に入ったよ。連合王国とは大違いだ」
「あの……。実は、わたしも小さい頃、ロンドンに行ったことがあるんです」
彼女は遠慮がちに口を挟んだ。
「朝起きたら街が霧に包まれていて、不思議な雰囲気で……。百貨店はきらきらしてて、子供心に素敵な街だなって思いました」
「……他には」
ルディが尋ねた。
意外と連合王国に興味があるのかもしれない。
「ほ、他ですか? えーと……」
彼女は慌てた様子で考え込む。
「ビッグ・ベンには驚きました。あんな大きな時計塔、パリにはないから」
「他は」
食い気味にルディがまた尋ねた。
「え、えーと……!」
話を切り上げることもできず、彼女は必死に考え込む。
昔の記憶を必死に探っているようだ。
俺は笑いながら助け舟を出す。
「ロンドンといえば、二階建てバスじゃないか?」
「! 乗りました。街の景色を眺めながら移動できるのが楽しくて」
彼女は救われたような顔をして相槌を打った。
「パリにはないの?」
「ほとんど見かけないです」
「どうして? 二階建てだと危険だから? それとも気候の関係?」
「そ、それは、聞いたことないです。けど、不思議ですよね。雨はロンドンのほうが多いと思うし……」
何というか……。
彼らの会話は始終微笑ましい。
先程までは『落ち着いている』という印象だった彼女が焦ってみたり、悩んでみたり、ころころと表情を変える様子はいかにも年相応だった。
(これはルディの効果なんだろうな)
不思議なもので、彼らはふたり揃うと雰囲気が変わる。
ルディも局長という役割から外れて、今は、ただの好奇心旺盛な子供に見えた。
(彼女も同じだ)
歳が近いからか。
それとも気が合うからか。
(自覚があるかはともかく、いい友人らしい)
お互いに役割から抜け出して接することのできる間柄なんだろう。
「…………」
彼らを見ていると思わず笑みが零れる。
遠い昔、自分よりも小さい子供らの世話をしていた記憶のためか。
彼らと話していると、年の離れた弟妹を見守るような気分になった。



