L’amour est le miracle
de la civilisation.
――Evan Route
side:Leon Vitry
その日。
俺は歌劇場に足を運んだ。
探したわけでもなく、ふと彼女の姿を見つける。
その隣には長身の男がいた。
「また会ったね、ミズ・ラプラード。君は舞台にも興味があるのかな? それとも、目当てはシャルル・パラディール?」
(あれは確か――)
祝祭前夜。
彼とはオテル・アジュールのレストランで居合わせた男。
(……悪意はなさそうだけど)
少し気にかかる。
話し込む彼らの様子を窺い、機を見て彼女に声をかけた。
「君も来てたのか。そちらは……、エヴァン、だったかな?」
「やあ、ミスター・ヴィトリー」
男は微笑む。
こちらが名乗る前から正体を把握されていた。
まあ、俺は世界的に顔が売れているから当然の反応ではある。
「私はエヴァン・クロフォード。連合王国のオックスフォード、カタリナ学寮で教鞭を執っている」
なるほど。
夢見る尖塔の都市――
その名は俺も聞き覚えがある。
けど、カタリナ学寮は知らないな。
(将来官僚になるような面子が集まる主流の学寮なら大体わかる。ということは……)
戦争の行く末に絡む立場ではない。
良くも悪くも、俺の商売相手にはならないだろう。
「……レオン・ヴィトリーだ」
そう頭の中で計算しながら握手した。
すると、彼女が遠慮がちに聞いてくる。
「レオンさんも、シャルルさんの舞台を見に来たんですか?」
俺は率直に答える。
「付き合いで来たんだ。何せ、歌劇場の桟敷席は商談に最適だからね。邪魔が入らない上、盗み聞きもされにくい」
俺は何かと秘密を抱えている。
だからこそ、余計な嘘を吐かず、過剰な補足もしない。
「……それより、君たちの席は?」
まだチケットを買っていないらしい。
急かして窓口まで連れていくと、彼女は急に尻込みをした。
「……安い席は売り切れてしまってて、もう高い席しか残ってないんです。わたしにはちょっと、手が出なくて……」
「何だ、そんなことか」
ミラージュの歌劇場のチケット。
確かに、一般的な金銭感覚ではかなり高価だろう。
けど……。
「俺が奢ろう」
「……え!?」
俺にとっては端金だ。
何せ、ヴィトリー社は世界でも有数の大企業だから。
「そうだな……。あー、ここがいい。平土間の中央寄り、前から4列目を2枚」
ついでにエヴァンの分も買って渡す。
彼女の分だけ支払うと、性格上、彼女は遠慮する気がした。
下心はそれほどない。
……ちょっとはある。
(他の有象無象に対しては特に何も思わないけど、彼女には好かれたい)
嫌われるのは少し悲しい。
ただ……。
特別な存在になりたいだとか彼女の記憶に残りたいだとか、そんなことを言うつもりはない。
彼女が幸せならそれでいい。
何も知らず、何にも巻き込まれず、楽しい休暇を過ごしてほしい。
それだけだ。
「今日の演目はくるみ割り人形だから、きっと興味深い学習になる。元々はバレエの演目だけど、夢幻劇として脚本を書き直してあるらしいよ?」
エヴァンは饒舌に語る。
舞台、あるいは文学に興味があるのかもしれない。
そういえば、シャルルの余興にも奇妙な盛り上がりを見せていた気がする。
「特に、ねずみの王と戦うくだりが――」
「待て待て」
思わず口を挟む。
「舞台が始まる前に、内容を話すなんてどうかしてるんじゃないか?」
俺はいい。
ただ、彼女は舞台を楽しみにしているはず。
望まれたわけでもないのに展開を開示するのはありえないだろう。
「そうかな? あらすじを知っていたほうが、じっくり楽しめると思うんだけど」
「見解の相違だな……」
呆れた。
この男、かなり無神経らしい。
学者は大なり小なり人付き合いが苦手かと思えば、少し納得する。
「私の行動は、そんなにもデリカシーに欠けていたかな?」
「それは、その……。人によって、いろんな楽しみ方が、あると思います」
彼女は曖昧に答えた。
2階の桟敷席から平土間を眺める。
着席した彼らの様子もよく見えた。
(……エヴァン・クロフォードか)
この島に興味があるようだ。
けど、現時点で警戒する対象じゃない。
(彼女とも特別親しげってわけじゃなさそうだ。ただの顔見知りって感じかな)
この島で適当な友人と楽しく過ごしてくれればいい。
望むのはそれくらいだ。
仮に、俺が彼女と行動を共にしなければならない状況になったら。
(それは困る)
何故って?
それはたぶん危険だし。
何が起きるかわからないし。
……彼女の前で格好良く振る舞えないかもしれないじゃないか。





